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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)2488号 判決 1984年11月21日

原告

大寺忠義

右訴訟代理人

廣田稔

被告

岡田嘉久

右訴訟代理人

花元直三

補助参加人

西松建設株式会社

右代表者

橘義夫

右訴訟代理人

樋口庄司

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用及び参加によつて生じた費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の事実並びに本件(二)土地が従来田として使用されていたこと及び本件(二)土地付近は用途上第二種住居専用地域で第二種高度地区に指定されていることは、当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件建物による日照侵害について検討する。

1  前項の争いのない事実に、<証拠>によれば、原告は、昭和五〇年八月ころ、建売り住宅として売りに出されていた本件(一)土地及びその地上の原告宅を購入し、その後間もなく原告宅に家族とともに入居して今日に至つていること、本件(一)土地は、もと田であつたものを盛土して宅地としたものであること、本件(一)土地は、ほぼ南北に走る幅員約六メートルの道路の東側沿いにあり、南から北へ本件(二)土地、本件(一)土地及び村上宅敷地の順に並んでいること、本件(一)土地上に本件(二)土地との境界線に沿つて高さ約1.8メートルのブロック塀が設置されていること、原告宅は、南北とも隣地との境界線一杯に建てられており、南側においては、建物外壁と右ブロック塀との間隔は約二〇センチメートルほどしかなく、北側においては、村上宅(二階建)もまた南北の境界線一杯に建てられているため、村上宅と軒を接するような状態にあること、このため、村上宅は、原告宅に日照を遮られて、南側及び西側開口部においては全く日照を受けることができないこと、他方、原告宅は、本件建物が建築されるまでは、本件(二)土地が田として使用されていたため、南側、東側及び西側の各開口部についていずれも日照を遮られることはなかつたこと、本件(二)土地付近は、第二種住宅専用地域で、第二種高度地区に指定されているが、昭和四〇年ころから農地の宅地化が進み、昭和五五、六年ころには、農地はなお点在するものの、既に農地の多くは宅地化され、二階建住宅が多く建ち並び、その間に四階建前後のマンションも入り混つているという住宅地となつていたこと、右二階建住宅の多くは、建売り住宅として建築されたもので、ほぼ敷地一杯に互に軒を接するようにして建てられており、そのため、北側の住宅の日照条件は前記村上宅の場合のように極めて悪いこと、本件(二)土地の東側には、被告所有の農地(面積七五二平方メートル)があり、畑として使用されているが、その北側隣接地には二階建住宅がこれも境界線一杯に建つていること、本件(二)土地は、もと田として使用されていたが、被告は、昭和五五年二月ころ、右土地上に賃貸用マンションとして本件建物を建築することを計画し、同年七月、建築確認を得たうえ、工事に着工し、昭和五六年二月ころこれを完成したこと、本件(二)土地の建ぺい率は六〇パーセント、容積率は二〇〇パーセントであるが、本件建物の建ぺい率は約44.5パーセント、容積率は156.2パーセントであり、また、本件建物は、北側は本件(一)土地との境界線から約5.8メートルの間隔をおいて建築されていること、本件建物が建築されたことにより、原告宅の日照は、前記の状態から、冬至において、二階東側開口部においては、午前一〇時四〇分ころから本件建物の日影下に入り始め、午前一一時二〇分ころ以降完全にその日影下に入り、二階西側開口部においては、午後一時二〇分ころから本件建物の日影下より脱し始めるものの、完全にその日影下から脱しきるのは午後一時五〇分ころであり、また、二階南側に二箇所ある開口部のうち東寄りのものは、午前九時三〇分ころから本件建物の日影下に入り始め、午前一〇時一〇分ころ完全にその日影下に入り、以後終日右日影下から脱することはなく、二階南側開口部の西寄りのものは、午前八時四〇分ころから本件建物の日影下に入り始め、午前九時二〇分ころには完全にその日影下に入り、午後三時ころから右日影下から脱し始め、午後三時四〇分ころ右日影下から脱しきる、という状態に変わつたこと、なお、仮に原告宅の南側に原告宅と軒を接してこれと同規模の二階建住宅が建築された場合には、その原告宅の日照に及ぼす影響は、原告宅が現在本件建物により受けている以上のものになるものと想定されること、以上の事実を認めることができ、<証拠>は措信せず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

2 右認定の事実によれば、原告宅は、本件建物が建築されるまでは、日照を完全に享受してきたが、本件建物が建築されたことにより、その日照について前記のような大きな影響を受けることになつたことが明らかである。しかしながら、原告宅が従前完全な日照を享受することができたのは、その敷地である本件(一)土地の南側隣接地である本件(二)土地がたまたま農地として使用されていたことによるものであること、本件建物が建築された昭和五五、六年ころにおける右土地付近の状況は、農地はなお点在するものの、既に二階建住宅が多く建ち並び、その間に四階建前後のマンションが入り混つて存在するという住宅地となつており、しかも、右二階建住宅の多くは、建売り住宅として建築されたものであるため、ほぼ敷地一杯に互に軒を接するようにして建てられており、そのため北側の住宅の日照条件は極めて悪い状態にあること、本件建物建築後における原告宅の日照条件は、これら近隣の住宅のそれに比すれば必ずしも悪い方ではないこと、本件建物は、右のような周辺の土地の利用状況からみて地域性を無視した規模のものであるとはいえないし、建築確認も得ており、また、北側の原告宅の敷地である本件(一)土地の境界線との間には約5.8メートルの距離があり、原告宅の日照について一応の考慮が払われているとみられることを総合勘案すれば、原告宅が本件建物により受ける日照侵害の程度は、前示のとおり大きいものではあるが、なお原告において受忍すべき限度を超えているものとは認めることができない。

なお、原告は、本件建物の位置を本件(二)土地の東側隣接地に移動させて原告宅への日照侵害を回避すべきであつたと主張するが、右東側隣接地は被告が畑として利用しているものであるし、また、仮に本件建物の位置を右土地上に一部又は全部移動したとすれば、今度は右土地の北側隣接地上の住宅に対して日照侵害が及ぶことになり、しかも、その程度は原告宅に対するのとほとんど変わりのないことが前記認定事実からうかがえるから、被告が本件建物の位置を右東側隣接地に移動させなかつたことをもつて本件建物による原告宅に対する日照侵害が違法性を帯びるものということもできない。

3  したがつて、原告の日照侵害を理由とする損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三次に、本件建物によるプライバシー侵害について検討する。

1  <証拠>によれば、本件建物の三、四階の北側にはそれぞれ二個ずつの窓がいずれも原告宅を観望することのできる位置にあること及び原告宅の二階には原告夫婦の居室と子ども部屋があり、そのいずれにも南側に窓があることが認められる。

2  しかしながら、また、<証拠>によれば、原告は、被告の本件建物建築計画を知り、昭和五五年七月二五日、大阪地方裁判所に対し、被告を被申請人として、本件建物建築により日照及びプライバシーを侵害されるおそれがあることを理由として、本件(一)土地の南側境界線から一三メートル以内に三階建以上の建物を建築することの禁止及び本件建物の三階以上にある北側窓への目隠しの設置を求める仮処分申請をしたところ、同裁判所は、同年一二月二四日、被告に対し、本件建物の三階北側の二個の窓にそれぞれ目隠しを設置することを命じ、原告のその余の仮処分申請を却下する旨の仮処分決定をしたこと、被告は、本件建物完成までにその三階の北側窓に右仮処分決定によつて命じられたとおりの目隠しを設置して今日に至つており、今後も、本件訴訟の帰すういかんにかかわらず、右目隠しを設置し続ける意思であり、これを撤去することは考えていないこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によれば、本件建物の三階北側窓の目隠しは、前記仮処分決定によつて設置を命じられて設置されることになつたものではあるが、現在では右仮処分決定による暫定的なものとしてではなく、右仮処分決定の存否にかかわりのない恒久的な施設として存在するものと認めるのが相当であり、しかも、右目隠しが本件建物の完成当初から存在していたことに照らせば、本件建物の完成時から現在まで、本件建物の三階北側窓からは原告宅の室内がのぞき見され、そのプライバシーが侵害されたことはなく、また、今後もそのようなことは起こりえないものと認めるのが相当である。

3  また、本件建物の四階北側窓と原告宅の二階南側窓との高低差及び本件建物と原告宅との距離が約5.8メートル余りあることにかんがみると、本件建物の四階北側窓から原告宅の内部ののぞき見が可能であるかどうかについては疑念があり、他に右のぞき見が可能であることを認めるに足りる証拠もない。

4  したがつて、原告のプライバシー侵害を理由とする損害賠償請求及び目隠し設置請求も、理由がない。

四次に、本件建物建築工事による原告宅の被害について検討する。

1  原告は、本人尋問において、本件建物の建築工事中原告宅にもかなりの振動があり、このため、原告宅の一階表玄関の角のタイルがひび割れしたり、右表玄関のドアの開閉が困難となつたり、一階寝室(六畳)と廊下との境の引き戸や居間と台所との境の引き戸と柱との間に透き間が生じたり、二階のふすまの開閉がきつくなつたり、二階の六畳間と4.5畳間との境のふすまと柱との間に透き間が生じたり、屋根瓦にずれが生じるなどの被害を被つたと供述している。

2  しかしながら、<証拠>によれば、本件建物の建築に当つては、基礎杭として直径四五〇ミリメートル、長さ一八メートルのPCパイル三六本が本件(二)土地の地中に打ち込まれたが、右杭打ち工事は、従来のハンマー打撃の方法によつて行うと非常に大きな騒音及び振動が生じて公害問題を起こすので、これを避けるため、比較的騒音及び振動の少ないセメントミルク注入工法により行われたこと、そして、右杭打ち工事のためにクレーンに装置されたオーガースクリューや発電機などの機材が使用され、その他にもショベルカーやダンプカーなどが使用されたこと、しかし、本件(一)土地上に本件(二)土地との境界線に沿つて本件建物建築前から設置されている高さ約1.8メートルのブロック塀は、本件建物建築後も沈下も傾きも生じていないこと、本件(一)土地は、もと田であつたものを盛土して宅地化したものではあるが、宅地化されてから本件建物が建築された昭和五五、六年ころまでに既に少なくとも五年以上を経過しており、地盤はかなり固まつていたと考えられること、原告宅周辺の原告宅と同時に建売り住宅として建築された住宅にも、本件建物との遠近にかかわらず、多かれ少なかれ外壁モルタルのひび割れやタイルのひび割れが生じたり、柱と鴨居や柱と壁との間に透き間が生ずるなどの現象が生じていること、以上の事実が認められる。

そして、右認定の事実と比較勘案すると、原告の供述する前記原告宅の被害が本件建物の建築工事によつて生じたものであるとはにわかには断じがたく、他に右被害が本件建物の建築工事によつて生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。

3  したがつて、原告の本件建物建築工事による原告宅の被害を理由とする損害賠償請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。<以下、省略>

(石井健吾)

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